こころの紋様 -ミニ説教-

〜 来世に引き継ぐ人生のタスキ 〜

―走りの哲学―



 アテネオリンピックの開催も間近かとなって新聞のスポーツ欄もますますにぎやかになってきました。

私はどんなスポーツでも好きなのですが、やはり観戦となるとプロ野球で、福岡ダイエーホークスの

ファンクラブに入って熱を上げています。しかし、自分が好きなスポーツとしているのは、古典的では

あるがマラソンと駅伝です。私がそのマラソンや駅伝が好きなのはその走りの中に人生の縮図みたい

なものを感じるからです。

 その思いをはっきりと裏づけしてくれたのが、かつてオリンピックメキシコ

大会でのマラソン銀メダリストの君原健二さんでした。彼は八幡製鉄の

陸上部で九州一周駅伝では常勝の福岡チームの中心選手から、東京、

メキシコ、ミユンヘンと三回のオリンピックの出場し入賞を果たしたほか、

数々の国際大会でも勝利した輝かしい実績を持つだけに彼の「走りの

人生哲学」の言葉には説得力がありました。玄海の砂浜を走る「玄海

なぎさマラソン大会」には主催者側として私もお手伝いさせていただいて

いますが、この大会には毎回のように君原さんの参加をいただいています。

 地元、福岡出身で新日鉄時代はここ玄海の砂浜や皐月松原の道をトレーニングの場にしていた

ということもあり、自分を育ててくれたコースだということから喜んで参加して下さって、また、スタッフ

の打ち上げの飲み会にも同席されて歓談に加わっていかれる気さくな方なのです。メキシコオリン

ピック銀メダルの獲得をしたときに、日本代表として面目を果たせたという安堵と喜びはあったが、

そのとき彼は体調管理の失敗から自己ベストに及ばず、走りにおいても納得出来なかったこと

から真顔でコーチにその銀メダルの返上を願い出たという秘話を後日談で知ったことですが、

それが彼のひたむきなお人柄なのです。

 なぎさマラソンの打ち上げ会はスタッフたちの無事大会を

終えた後の他愛も無い雑談の中にも、やはり共通の話題は

「走りのこと」になってしまいます。私は以前から彼のひた

むきな走りの姿に求道者的印象を感じてましたが、そのこと

へ話しを向けるとやはり、彼は何年か前、四国八十八ヶ所

霊場を廻ったらしく、それによって何かを得たということでは

ないがその巡礼の喜びを語られました。


     お疲れさん会での君原さん

 私も昔人生の迷いの中に八十八ヶ所を廻ったことがあるだけに、人生の道とかさねてマラソンの

走りの中に人生の縮図を感じるという彼の言葉には共感をおぼえたものです。

 人生には順調な平坦な道ばかりではないように、マラソンにも苦しい上り坂があり、楽な下り坂、

見通しの明るい直線コース、見通しのきかない曲線の道、自分自身の体調と気持ちの変化にも

左右され、その精神的戦いと、他の走者との駆け引きがあったり、さまざまな一期一会の人間

関係も生まれたり、まさに人生街道そのもののようにも思えるときがあるようです。駅伝は更に

過去世から今世、来世の三世につながる人生が重ねあわされます。その象徴こそ肩にかけて

走り、次走者に引き継ぐあの一本のタスキなのです。汗まみれの一本の布切れに過ぎないけれど、

そのタスキには自分の前に走ってきた幾人ものランナー(前世の自分、また先祖たち)の汗と涙、

喜びや苦しみ、栄光も挫折も、それらの万感の思いがこめられ、染み付いているのです。

 「あとは君に頼んだぞ!」と渡す、その引き継いだ思いを

受けて、前へ前へと走り、次走者の待つ中継地点を目指し

て走るのです。ただ走るだけにしか見えない、単調で変化の

乏しいスポーツなのに、見ていても結構面白く、感動があり

興奮があるのは、そんな目には見えないドラマが走りの中に

いっぱい隠されているからに違いないと思いました。


もちろん人生は競争ではありません。人それぞれのペースがあり、因縁起生も違います。春に咲く花、

秋に咲く花、春蒔きの種、秋蒔きの種など、種類、性質、成長過程も異なるように、人生の道のりも

まちまちです。そしてゴールも見えないし、タイムも計れません。しかし、人は皆、先祖より引き継いだ命と、

過去世からの自分が背負う善悪の全ての宿業を持ち、今肉体に託して人生街道を走り、生きて次なる

中継点を目指しているということにおいては、誰もが同じ駅伝のランナーといえましょう。いつまでも一つの

所にとどまっておれないのが、無常の世の人生です。私たちが生きていることは、意識するしないに拘わ

らず常に死という地点を目指して、タスキの引き継ぎの時の如何はともかく、来世に走る、来世の自分に

引きつぐまで人生の駅伝走者として走り通さなければならないのです。


最後までお読み頂いてありがとう御座います。

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