こころの紋様 -ミニ説教-

〜あの世へもっていけるもの〜

お金で買う幸せとは



人生は豊かで幸福でありたいと誰もが願うことかもしれません。貧乏より富めるほうがよいと思うのが普通です。

TV番組で「今一番ほしいものは?」という問いかけに「お金」と応えた人が圧倒的に多かったと言うのは、

物欲社会の当然の結果なのだと言えましょう。だが、物質的に富めることが幸せであるとは限らないし、

こんなことを言えば巨財を手にしたことがない者の僻みにもなりそうですが、ただお金を沢山得ることで必ず

幸福になれるというものでもないはずです。しかし、多くの人々は、金持ち=裕福=幸せという思い込みが

あるのかも知れません。

たしかに、お金はなくては困りますが、お金のための人生、お金に使われる

奴隷的人生であってはならないはずです。

たとえ幾百億の巨財を築いたとしても、必ずしも幸せや、安心の境地を得る

とは限りません。巨財がある故に、かえってその財産を守るために汲々と

したり、悩む人もいます。

また、その財産すら自分が死に行く時は、一円たりともあの世へ持っていく

ことは出来ないのです。

財産があるゆえに骨肉相食む醜い財産の奪い合いを目の当たりにする

ことも少なからずです。

経典に「雪山(ヒマラヤの山)を化して黄金となし、さらにそれを二倍にしても、よく一人の欲を満たすことを得ず。

かく知りて人々よ正しく行え」と述べられています。この世のものがみんなお金になっても人はそれでも満足

出来ないでしょう。

人間の欲望には限りがありません。その限りない欲望を完全に満たすことは不可能なことです。

しかし、その欲望を満たそうと、人々は争い、奪い合い、憎しみあい、苦しみ悩んでいるのです。

人の幸福とは、物質に満たされることではないようです。

仏教では人間の欲望として、食欲、性欲、睡眠欲の本能欲のほかに

財欲、名誉欲を加えて五欲といいますが、その欲望を清め取り去って

行く事が仏道の修行であり、信仰であるといえます。

真の幸福とは欲望の充足でなく、神仏とともにあっていかに欲望を棄て、

いまある幸せ、今あることに満足し、いかに感謝出来るかなのだと

思います。

人が死んであの世へ持っていけるのは、徳と業だけであることを知るべきでしょう。



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